SENgoKU anD VISIon -乱世を追う-

戦国・江戸時代 武将 甲冑・刀剣・茶道具 博物館・美術館・城・茶室などを巡る拝見記。その他の雑記もあり。

2605 玉泉院丸庭園 玉泉庵

今回も金沢

兼六園から金沢城方面へ

玉泉院丸庭園

前田利常が寛永11年(1634)に兄の前田利長の正室、玉泉院(織田信長娘)が屋敷を構えていたこの地に作庭を始め、江戸時代末期まで金沢城内に存在していた大名庭園。

平成27年に当時の姿を忠実に再現したという。

玉泉庵

玉泉院丸庭園の整備とともに開設された茶室および休憩所。

茶室は12畳+八畳の座敷からなる。

点前座の設え

欄間

お庭の眺め

お菓子です

一服

帰りは鼠多門から出ました。

 

2605 兼六園公開記念日茶会 内橋亭

今回は金沢

兼六園

霞ヶ池にまるで浮かぶように建っているのが、

内橋亭

陸上の茶店と水上の水亭よりなる。

安永5年(1776)10代藩主・前田治脩が建てた御亭が現在の内橋亭の始まりとされる。

当時は蓮池馬場に面していたが、明治7年(1874)兼六園が一般公開される頃に現在地に移された。

「兼六園公開記念日茶会」

茶店は常時入れますが、水亭は年に一回この日だけとなります。

早速なかへ

茶店から橋を渡って水亭へ

内部は六畳。

三方に窓を設ける開放的な席。

霞ヶ池を眺める

お菓子です

一服

点前は宗和流。

金沢藩には、金森宗和の子の七之助(方氏)が仕えており現在でも宗和流が盛んなようです。

お道具です。

 

いつも池の周りからいいなぁ~と思いながら見ていた内橋亭、ようやく入ることが出来ました。

2605  畠山美術館【茶室公開】近代の数寄者 畠山即翁の茶室で一服

東京は白金台

畠山美術館

お庭の円形水盤

 

さて今回は、「【茶室公開】近代の数寄者 畠山即翁の茶室で一服」のイベントに参加しました。

※イベント中は撮禁のため、イベント前の写真になります。

明月軒

書院風数寄屋建築。

大燈国師の墨蹟にみえる国師の居室名「明月軒」を冠しており、扁額の筆跡はそこから採られている。

十畳の座敷で、床脇に火灯窓を備えた仏壇があります。

能を舞う空間としても利用されていたのだそう。

欄間は「末広(扇)」の意匠でこれは茶の湯と能を愛した畠山即翁の好み。

今回はこちらで一服いただきました。

翠庵

明月軒に接続して建てられている小間茶室。

昭和4年白里庵として建てられ、戦時中は一時、解体保存されていたが昭和23年再建された。現在の庵号は高松宮宜仁親王より賜った。

入口は躙口の他

貴人口も

内部は三畳台目

今回は明月軒で一服いただいた後、こちらも案内していただきました。

露地には様々な蹲踞が

展示「王朝のみやび」では、小堀遠州作で松花堂昭乗に贈られた「共筒茶杓 銘 青苔」や酒井抱一作の富士見業平図屏風などを拝見しました。

 

2605 根津美術館 茶室「披錦斎」

東京は南青山

根津美術館

今回は庭園を先に拝見

この時期はお庭の燕子花(カキツバタ)が見ごろです。

尾形光琳作の燕子花図屏風と共に楽しめます。

ひとしきりお庭を見た後は

茶室「披錦斎」でお抹茶と季節のお菓子をいただきます。

茶室「披錦斎」

昭和48年(1973)に建てらえた茶室。

内部は十畳の広間。

床は一畳敷と半畳板敷の一間半床で床柱は赤松、床脇に地袋を設ける(中は近代の建築らしく空調設備となっている)。

床には初代・根津嘉一郎(青山)のお軸。

お菓子は「顔佳花」カキツバタの別名だそうです。

茶碗はガラス器と涼し気です。ちなみに奥の黒い茶碗もガラス製だそう。

室内の展示では、やはり光琳の燕子花図屏風が見事。

【展示室6】 初夏の茶の湯では、桑山宗仙作の茶杓と共筒が弟子の石州の替筒とともに展示してありました。

2605 MOA美術館 茶室「一白庵」

今回もMOA美術館

茶の庭から

腰掛待合

四方仏蹲踞

茶室「一白庵」

今回はこちらで「黄金の茶碗」で抹茶体験がありました。

広間

七畳

豊臣秀頼九歳の「豊国大明神」が掛かっていました。

「黄金の茶碗」を使用して、お抹茶を点てる体験ができます。

美味しくいただきました。

大広間

詠草 木下長嘯子筆

MOA美術館はここまで

2605 MOA美術館 国宝「喜左衛門井戸」× 国宝「色絵藤花文茶壺」 茶の湯のわびと雅

静岡は熱海

MOA美術館

黄金の茶室

天正14年(1586)豊臣秀吉が正親町天皇に茶を献じるために、京都御所内に組立式の黄金の茶室を運びこみ、黄金の道具を用いて茶会を行ったという史実に基づいて復元制作したもの。

床には豊臣秀頼八歳筆の「豊国大明神」

国宝「喜左衛門井戸」× 国宝「色絵藤花文茶壺」
茶の湯のわびと雅

期間:3月20日(金)〜5月12日(火) 

共筒茶杓 千利休作

芸州浅野家伝来、松永耳庵旧蔵。

竹茶杓 古田織部作

一翁宗守追筒。

共筒茶杓 歌銘 小堀遠州作

万代屋釜 辻与次郎作

伝来は千宗拙、藤村庸軒、東本願寺。

宗拙は千宗旦の長男。父と仲が良くなかったようで、弟たちのように千家を継ぐことは無かった。

古瀬戸茶入 銘 臨月

豊臣秀吉・福島正則・水無瀬家伝来。

古瀬戸肩衝茶入 金森肩衝

金森宗和・本多政重・早川家伝来。

竹一重切花生 銘 鏡山 松花堂昭乗作

大井戸茶碗 銘 本阿弥井戸

中興名物。伝来は本阿弥光悦、木下肥後守、朽木昌綱、酒井宗雅(姫路藩酒井家)

膳所茶碗 伝・本阿弥光悦作

黒楽茶碗 銘 五湖 道入作

 

この他にも沢山の道具を拝見しました。撮禁ですが孤篷庵より喜左衛門井戸も来てました。

浄土寺 茶室「露滴庵」

今回も尾道

浄土寺

聖徳太子の創建と伝えられ、足利尊氏が九州平定や湊川の戦の際に戦勝祈願をした寺としても知られる。

今回は茶室「露滴庵」特別公開でやって来ました。

客殿玄関

こちらから入ります。

浄土寺庭園

築山泉水式庭園。上に見えるのが「露滴庵」です。

方丈

こちらの一角が待合でした。そして

「燕」扁額

通常は露滴庵・燕庵席の妻部分に取り付けられている。

さて席入りです。築山を登っていきます。

振り返ると方丈と書院が

腰掛待合

割腰掛です。燕庵の待合と似ていますが貴人席の位置が左右逆となっています。

そして

茶室「露滴庵」

もとは伏見城にあり、秀吉ゆかりの席であったものが本願寺、芸州浅野家さらに浅野家の御用商人であった富島家(天満屋)と移り文化11年(1814)この浄土寺に寄進移築された。

前半の伝来は不透明な部分が多いですが、後半の伝来だけでも現存する最古の燕庵形式の茶室。

躙口から燕庵席に入ります。

内部は三畳台目に相伴席が付く織部好の席。

水指は千利休所持、大徳寺塔頭・高桐院伝来。

こちらで一服いただきました。

掛物は小堀遠州筆「露滴庵」

勝手

四畳と四畳半の二間からなる。

伝来はいろいろと語られますがロマン派の私は伏見城にあった秀吉ゆかりの席と思っています。であれば勿論古田織部が作事に関与した事は間違いないところでしょうか。